池袋――新宿、2150円

「取り敢えず新宿まで」
「はい」


 豊島区へと引っ越しをしたため、池袋を中心にして仕事をするようになった。私はいわゆる、タクシーの運転手だ。ガソリン代の高騰は落ち着いたとはいえ年々運賃も下降気味で、基本給があるとはいえあまり儲かるとは言えない職業だ。まあ車の運転も嫌いではないし、会社に入って1日中パソコンと仲良しするのも上司の機嫌取りをするのも向いていないと思うので、もう2年もこの仕事を続けている。客の善し悪しも、少しだがわかるようになってきた。
 昨日は嫌な客に当たったなあ、と思いながら待機していた池袋の南口で拾った客は、若い青年だった。


「お姉さん、あまりみない人だね。池袋に来たの、最近かな?」
「ええ、違う区から移ってきたんですよ。タクシー、よくご利用されるんですか?」
「そうだね、地下鉄に乗るのも色んな人が見れるから嫌いじゃないけど」
「人間観察ってやつですか」
「そうそれ、悪趣味だって人もいるけど、俺は好きだな」
「池袋は人が溢れてますから、飽きないでしょうねぇ」


 ウインカーをつけて左折する。池袋で仕事をする同僚から聞いた近道だ。新宿までの道を2分は短縮できる。嫌な客なら平常通りの道を行くが、相手が常連とあってはそうもできない。それにあまりタクシーを利用しない若い世代、尚且つ顔も整っているのなら弊社の常連になってもらっても悪い気はしない。
 私が近道をしたのがわかったのか、客がくすりと後ろで笑った。


「やっぱり、タクシーも客を選ぶのかな」
「そんな滅相もない。私どもはお客さんなっての商売ですから。そりゃあ、たまには変わった人もいますがね」
「へぇ、変わった人か。興味あるなあ」
「先日はええっと、何というのですかね。アニメとか漫画の格好をした……」
「コスプレイヤー?」
「それです。東口で真っピンクの髪をしたお客さんにご利用いただきました」
「ああ、あそこは乙女ロードがあるからね」
「可愛らしいふりふりのセーラー服を着ていたんですが、それが何と男性でしてね。あれは驚きました。あ、これ内緒ですよ? お客さんのことぺらぺらと話すのはマナー違反なので」
「俺のことも言われてたりして」
「ないと思いますよ。お客さんが何か奇行をしているのなら別ですが」
「言うねぇ」
「失礼、女という生き物はどうもおしゃべりなようで」
「お姉さんはは言わなくても良いことを話して失敗するタイプだと思うよ」
「はは、よく言われます」
「ああ、そこ、右折して」


 青年に言われ細めの路地へ左折する。新宿へ向かうのならこの道は遠回りになってしまうが、目的地はここ周辺なのだろうか。


「あの先、今日から工事するから」
「そうなんですか。今朝通った時は何もなかったんですがね」
「さっき始まってるくらいかな」
「耳が早いですねぇ」
「まあ職業柄、ね」
「お勤めだったんですか、お若く見えたからてっきり学生さんかと」
「勤めてはいないけど仕事はしてるよ。趣味の延長みたいなものかな」
「趣味の延長ですか、うらやましい限りですねえ。何のお仕事かお聞きしても?」
「情報屋だよ」


 じょうほうや、と口の中で反復する。情報屋というと、あの漫画とかでよくある他人の情報を売ったりとかどうこうとかいうアレだろうか。そんな非現実的な商売儲かるのだろうか、と思ったが日常的にタクシーを利用しているのなら懐の潤いも中々なのだろう。


「なんか、漫画みたいな職業ですね」
「池袋は物騒だからね」
「ああ、確かに最近通り魔とかありましたもんね」
「破壊魔みたいなやつもいるしね」
「破壊魔、ですか」
「平和島静雄っていうんだけど、バーテン服着てるからすぐわかると思うよ。ああ、シズちゃんの名前を出したら無性に苛々してきた。殺しに行こうか」


 そう呟いた青年の目がギラリと光った。どうやら彼も、物騒の一因らしい。


「戻ります? 料金かかっちゃいますけど」
「殺しに行きたいのは山々なんだけど、生憎仕事があるからね。今日は嫌がらせで我慢しておくよ。ああ、次を左折した所で止めて」
「はい」


 左折した先は大きなマンションだった。ここら一帯はいわゆる高級住宅街で、若い青年の住み家には少し不釣り合いだ。情報屋という職業はそこまで儲かるのだろうか。


「2150円です」
「カードでいいかな」
「はい、大丈夫です」


 カードを機械に通し、青年に渡す。ありがとうございます、と言おうとすると、青年が名刺を差し出した。つい反射で、私も自分の名刺を差し出す。彼の名刺には「折原臨也」と書いてあるが、生憎名前が読めない。


「えーっと、申し訳ありませんがお名前が読めません」
「いざや、だよ」
「これは失礼、変わったお名前ですね」
「よく言われるよ」
「ちょっとうらやましいです、私はその他に埋もれてしまうような単純な記号ですので」
「……はは、そんなことを言われたのは初めてだよ。じゃあね、さん」
「ありがとうございました」


 変わった名前の客――折原臨也はさっそうとした足取りで高級マンションの中へ入って行った。何ともまあ、名前から職業まで変わった客だった。