09.Un risque

 コートに襟を直して、アレンは自分の頬をぱんと叩いた。じゃあ、いってきます。いつも通りの笑顔は、まるでこれから自分が足を踏み入れる場所を理解していない様にもとれて、思わず彼を引き留めそうになってしまう。
 儚げな彼の背中に伸ばしかけた手を、引いた。私が止めてはいけない。これはアレンにしかできない仕事で、試練とも言えるのだ。私が手を出していい問題ではない。


「ア、アレン! やっぱり一人はやめたほうが」
「大丈夫ですよ」
「でも……」
「心配性なんですよ、は。これまでも、何度もやってきたことですし」
「でも、訓練とは違うのよ?」
は僕の腕が信用できないんですか?」
「別にアレンを信用してない訳じゃない。だけど……相手は本職なのよ! 今まで通り、バーや飲み屋にいる素人を引っ掛けるのとは訳が違うのよ!」
「……。僕は大丈夫です。それに、自分の腕が本場のディーラー相手にどこまで通用するか、確かめてみたいですしね」


 アレンがそっと、安心させる様に私の肩に両手を置いて微笑みかける。アレンのイカサマの腕は私も知っている。器用だと思うし、マネしようと思っても私には到底できないし、アレンの相手をしていてもカードがいつすり替えられたのかなんて素人の私にはさっぱり分からない。酒場でアレンに身ぐるみ剥がされた大人達も、何人も見ている。


、僕を信用してください。朝には、本部までの旅費を稼いできますから」
「アレン……。わかった、アレンがそこまで言うのなら私、待ってるから。気をつけてね。イカサマがバレてもここや私のことは話さないでよ」
「それって本当に信用してますか……? まぁ、いいです。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」


 ぱたん、と木製の扉が静かな音を立てて閉まる。いくらアレンがしっかりしているとは言え、死地に送り出してしまった気がしないでもない。
 窓の外は、歓楽街だけあって日が暮れても賑やかだ。歓楽街の中心にある賭博場。そこがアレンの今夜の戦場だ。西洋カルタも、賽の目も、アレンには叶わない。だから私がアレンを心配しても仕方がない。何も手伝える事がないのだから。一緒について行っても邪魔になるだけだし、今日は仕方なく留守番だ。


「マオー」


 気だるそうに語尾を伸ばして我が相棒の名を呼ぶ。声に答えるようにマオは影から現れ、尾を揺らした。ティムキャンピーもアレンと一緒に賭博場へ行ってしまったし、久々の個別行動。窓の外は新月で街外れは薄暗い。ストレス発散には最適な日だ。


「わかる?」


 マオが鼻をすんと鳴らして、尻尾をぴんと立てる。
 鬼の居ぬ間に洗濯、ならぬクロスの居ぬ間に食事だ。別に人間を襲う訳ではない。こう言った賑やかな街に影は付き物だ。


「じゃあ、食事にでもしますか」


 誰ともなく独り言ちて、ふたり夜の街へと繰り出した。