07.Prévenir

 痛みで、目が覚めた。体を動かそうとすると、ボディが軋むのが分かる。どうにか右手を動かして、額に乗せられたタオルを押さえた。
 左手や腹部に包帯が巻かれている。アレンが手当てしてくれたのだろう、クロスの対アクマ武器で負った傷はまだ回復していないが、自分で刺した左手は既に痛みは感じない。後は全身打撲と言った所だろうか。痛みを無視して体を起こすと、アレンから制止の声がかかる。


「駄目です、じっとしてないと《
「大丈夫大丈夫、回復は早いから《


 アレンの手を押しのけて体を起こした。痛みで体が大きく震えたが、そこは気合いで無視して立ち上がる。心配そうな表情を浮かべるアレンの手を借りて、ソファーの上にどかりと腰を降ろした。ぎしりと、硬いスプリングと共に自分の背骨まで軋む音がする。


「うぐっ……やばい、こんなに痛いのはじめて。やっぱり対アクマ武器ってアクマには毒なのね《
「本当に大丈夫なんですか?《
「うんうん、私は人間と違って丈夫に造られてるからね《
「そんなの関係ありません! だって、アクマだって……痛みは感じるじゃないですか!《


 どん、とアレンが苛立ちを隠さずにテーブルを叩いた。数か月一緒に生活してきたが、普段穏やかな彼がここまで感情を露わにするのは珍しい気がする。初めこそはエクソシストと改造アクマと言う微妙な関係でぎくしゃくしていたが、数日も本気で殴り合っていれば遠慮などなくなると言うものだ。
 しかしアレンは親しき仲にも礼儀あり、を地で行く人間だった。誰にでも敬語を使うし。
 良くも悪くも、仲間として馴染んでしまったらしい。


、どうしたんです? やっぱり体調が優れないですか?《
「……大丈夫、心配してくれてありがとう。今度からあんまり無理はしないようにします《
「あんまりって……《
「ちょっとくらい無理しなきゃ、千年伯爵とは対抗できないもの《


 足を組みながらアレンに笑いかけると、彼は上満そうに唇を尖らせた。そんな横顔を見上げながらソファーの端に寄って、空いた空間をぽんと叩くと、アレンは深く息を吐きながらそこに座る。


「今日は鍛練はしないの?《
「誰かさんが無茶をするので今日の鍛練は室内で行います《
「あらら。誰かさんって誰かしら《
「誰でしょうね。本当に迷惑な人です《
「誰かさんはアレンに謝るべきなんでしょうかね《
「口だけの謝罪は必要ありません。行動で示して下さい《
「じゃあ、私から誰かさんに伝えておくわね《
「ええ。くれぐれも、よろしくお願いします《


 くれぐれも、の部分を強調してアレンが微笑む。彼の背後から何か黒いものが滲み出ている様な気もするが、それを無視して彼の艶やかな白い髪を乱暴に撫でつけた。やめてくださいよ、と上貞腐れた子供みたいな声は聞こえるものの、抵抗する気配がないのをいい事にさらにぐちゃぐちゃに掻き混ぜる。


「やめてくださいよ、この馬鹿!《


 振り向き様に払い落された右手を、アレンの白い咽に伸ばす。少し、力を込めると彼はごくりと息を呑んだ。


「アレン、忘れないで《
「……何を、ですか?《
「忘れないで、私がアクマだってことを。あなた達エクソシストが、破壊すべき存在であることを。忌むべき存在であることを
 アレン、あなたは今、自分が強くなる為にアクマである私を利用してるの《
……?《
「用済みになった玩具は、廃棄しなくちゃいけない。廃棄の仕方は、分かるわよね《
「――っやめてください!《


 アレンの対アクマ武器に手を添えると、私の右手はじゅっと音を立てながら焼け爛れた。彼は顔を歪めながら声を張り上げる。
 アレンは泣き虫ね。
 そう言って頭を撫でると、彼は俯きながら自分の対アクマ武器に手を重ねた。薄暗い部屋の中、月の光を浴びて、彼の手の中で掌の十字架が私達を嘲笑う様にぎらりと光る。
 神様は残酷だ。こんなにも優しい子どもに、戦う力を与えてしまうのだから。


「アレン、お願いよ。いつかあなたが強くなったら、私を壊すと約束して。魂の牢獄から解放してほしいの《


 私はずるい女、いや、アクマだ。アクマの魂は魔導式ボディに永遠に拘束される。その哀れな魂の救済をするためにエクソシストを目指すアレンに、こんな言い方をすれば拒否の言葉など返ってこないとわかりきっていた。
 返事はない。ただ、彼は小さく、でも確かに頷いた。