「へぇ、隼人くんって鹿児島なんだぁ!」


レッド寮に甲高い声が響く。さっきから隼人と翔を相手に喜々として喋っているのはオベリスクブルーの。中学からの持ち上がり組で明日香を通じて知り合った。そう長くはない付き合いだけど、俺もも、お互いにいい友達だと思ってる。


「私も地方なんだよー!中学入った頃は方言が抜けなくてよく馬鹿にされたんだけどね」


まぁ、デュエルで返り討ちにしてやったんだけど!そう言って笑うの手には彼女のデッキが握られている。隼人とデュエルするつもりなのだろうか。自分以外に向けられるの笑顔はなんだか、面白くない。そう思ってベッドの上から眺めていると、不意に、彼女の首がぐるっと回ってこちらを向いた。視線が絡むと、はいつものようにニカッと向日葵みたいな笑顔で笑う。


「どうしたの?十代」
「いや、別に……何がだ?」
「退屈そうだったから。なんでもないんだったらいいんだけど」


パラパラとデッキをシャッフルしながら、あっさりと視線を隼人に戻すに、俺はなんだかやっぱり面白くなくて両手で顔を覆った。


面白くない


(この感情はなんだろう)


(20080828/ななつき)

それは嫉妬です。





**********






「覇王様ってさ、可愛いよね」
「はぁ!?」


じゃがいもの皮を剥きながら私がぽつりと漏らした一言に過剰に反応したのは同じく給仕のミリィだ。彼女は信じられないものを見たような目で、それでも手は止めず人参の皮を剥いている。


「アンタ、頭大丈夫?ブレインコントロールでも使われた!?」
「洗脳って……私はモンスターじゃないですよミリィさん。たださぁ、この前遊城くんに…あ、遊城くんってのは覇王様のことね、今この名前で呼ぶと怒るけど」
「そう言えばアンタって覇王と同じ異世界から来たんだっけ?」
「そうそう。それでこの前作ったエビフライって、遊城くんの好物って噂だったの」
「何?好きな食べ物なんか知ってる仲だったの!?覇王と!?」
「いや、全然。あ、待ってミリィ、冷蔵室にちょっと悪くなりそうなお肉があるからそっちから使おう」


兵士が調達してきた鮮度の高い肉―――尤も、何の肉かは聞いていないが―――を切り分けようとしていたミリィの腕を止め、先日新しく入った女の子に冷蔵室までのお使いを頼んだ。サラダ用のきゅうりを薄くスライスしながら話を続ける。


「遊城くんって有名人だったから、情報が結構入ってきてたんだよね。人気者は情報の漏洩が大変だよね…。私は数える程しか話したことなかったんだけど、中々感じのいい少年だったし」
「感じのいい少年って……今の覇王からは全く想像がつかない言葉よね」
「うーん…確かに愛想とか笑顔はないけど、結構優しいよ?」
「優しい!?」
「だって独裁者ってそれこそ、奴隷に暴力振るったり、こんな飯食えるかー!とかちゃぶ台ひっくり返したりじゃない?」
「後者は只の頑固ジジィよ」


包丁を研ぎながら、ミリィが呆れた様に溜息を吐いた。


「だけど昨日、ちょっと献立で覇王軍の兵士と揉めた時に…」
「揉めたって…アンタまた喧嘩したの!?怪我したこともあるんだから大人しく従っときなさいよ!」
「いやだってあの骨、味付けが薄いとかごたごた言うんだもん。てめぇバラしてジェンガにしちまうぞって言葉が危うく喉まで上がって来たよ。
 そうしてたら、ちょうど通りかかった覇王様が注意してくれたの」
「何て?」
「いや、言葉もなくワイトを腰の物でばっさり」
「……やっぱり覇王ともなるとやる事が違うわね」
「だよねー………」
「………」
「………何の話だっけ?」
「えーっと……ほら、アンタが覇王が可愛いって」
「あぁね!」


レタスの水気を切りながら声を上げる。最初、窯は勿論、炊飯ジャーすら使ったこともなかったのでご飯も炊くのにも失敗していたが、今日は綺麗に炊けてたし完璧だ。上機嫌に微笑みながらトマトを切って綺麗に並べていく。


「覇王様にエビフライを持って行ったんだけど、あのエビフライを口に含んだ時の顔!」
「危ないから包丁を振り回すのは止めて」
「私、18ながら子供を持つ母親の気持ちが分かったわ…!それでその後、遊城くん何て言ったと思う?」
「さぁ…」
「あの覇王様が、小さく口元を緩めてフッって笑ったのよ!?」
「あーはいはい、分かったから。じゃあ大好きな覇王様に食事でも持って行きなさい」


食事を運ぶカートに本日の晩餐一式を乗せながら、ミリィは呆れたように溜息を吐いた。


「うん!」
「覇王に近づきたいだなんて、アンタくらいしかいないわよ」
「それって誉め言葉よね!行ってきます」


平らにならされた覇王城の廊下を、ガラガラと耳障りな音を立てながら進む。途中、剣の女王に手を振って、ワイトキングに先日のワイトの非礼を詫びられて、魅惑の女王にガンを付けられて(本当に彼女は覇王様愛だなぁ)、一際大きい扉を力いっぱいノックした。この扉は厚いからそうでもしないと音が響かない。


「入れ」
「失礼します」


厚い扉の隙間から聞こえた静かでよく通る声に従い扉を引いて中に入ると、いつもの重苦しい鎧を脱いだ覇王様はぽっかりと開いた大きな窓から月を見上げていた。その黄金の瞳も月のように爛々と輝いている。


「お食事をお持ちいたしました」


いつものように声をかけるけど、やっぱりいつものように覇王様は何も返さない。それがちょっと淋しくて、そんな思考を振り払うように食卓の準備をした。大きな机に、ぽつんと乗った一人分の食事。
覇王様は、一人ぼっちのお食事が淋しくないんですか。以前、ガーディアン・バオウ様に聞いたことがあったけ。彼は覇王様は高貴なお方だから、とだけ残して仕事に戻られてしまったけど。
私は高貴な人間じゃないし覇王様でもないけれど、今独りで食事をとっている彼が何だか淋しそうな気がした。デュエルアカデミアで明日香ちゃんや丸藤くんや万丈目くん達に囲まれていた頃の遊城くんはいつも笑顔で、楽しそうだったから。


「………いつまで居る気だ」


棘のある言葉に、びくりと肩を揺らす。いつもはすぐに退室して、覇王様が食べ終わった頃に食器を取りに来るから、覇王様も不思議に思ったのだろう。


「…覇王様のお食事が終わるまで、ご一緒しても宜しいでしょうか」


独りの食卓は淋しいから。そう言いかけて、やめた。淋しいのは私だけかもしれないから。
覇王様はやっぱりいつもの無表情で、私を一瞥して視線を戻す。かちゃりと控えめな食器の音が響いた後、彼はこちらを見ずに口を開く。


「好きにしろ」
「……は、はい!」


遊城くんの横顔が、少し、笑った気がした。



(20080810/ななつき)

今日は覇王十代の日!





**********







「ジェダイ!」
…だから、ジェダイじゃなくて十代だって」
「ジュ…」
「じゅ・う・だ・い」
「じぇ、じゅーだい?」
「そうそう」


の髪をくしゃりと撫でると、彼女ははにかむように微笑んだ。


「あのね、ヨハンが昼飯誘うされた」
「ヨハンが誘われた?」
「それ!誘われた、ヨーハ…ヨハン、から。わたし、ジュダーイ」
「……あーヨハンが昼飯行こうって言ったんだな?」
「ううん!」


は笑顔で頷く。…どっちなんだ。彼女の拙い日本語には毎度のことながら悩まされる。


「日本飯、うます!テラうます!」
「…そんな言葉どこで覚えたんだよ」
「ブルーの秋葉原」
「秋葉原…?」
「アスカたーん!ってよく言う、アスカのスカートー?」
「す…?」
「ストーカー、だろ?」


俺の呟きに答えるように割り込んだのは話中の人物、ヨハン・アンデルセン。ヨハンは本当に留学生かと疑いたくなるくらい日本語がうまい。


「いつまで経っても来ないから探したぜ」
「ヨハン…Mir tut es leid」
「Kummern Sie es nicht. Der Japaner scheint immer noch schwierig zu sein」
「Ja...」


突然聞いたこともないような言葉で話し始める二人に、俺は小さくため息を吐いた。同じアークティック校からの留学生のヨハン程、は日本語が得意じゃないので二人は母国語で会話をすることが多い。その旅に英語だかドイツ語だかフランス語だか、とにかく日本語以外さっぱりな俺は取り残された気分になるのだ。


「じゅーだい!
 Gehen wir rot zum Eszimmer vom Osiris!」
、日本語で話さないと十代にはわからないだろ」
「Ich bin gescheitert!……うぇーっと、オシリスレッドの食堂行くましょう!」
「行きましょう」
「いき、ましょう」


ヨハンの訂正を口の中で小さく繰り返すと、彼女は「Ich lernte es!」と彼女の母国語を呟いて微笑んだ。


やっぱり、

さっぱりわからない!



(20080825/ななつき)

私の中ではヨハンはドイツ人設定です。
ドイツ語訳はこんな感じ。
「ヨハン…Mir tut es leid(ごめんね)」
「Kummern Sie es nicht. Der Japaner scheint immer noch schwierig zu sein(気にするな。日本語はまだ難しいみたいだな)」
「Ja...(うん…)」
*
「じゅーだい!
 Gehen wir rot zum Eszimmer vom Osiris!(オシリスレッドの食堂に行こう!)」
、日本語で話さないと十代にはわからないだろ」
「Ich bin gescheitert!(しまった!)……うぇーっと、オシリスレッドの食堂行くましょう?」
*
ヨハンの訂正を口の中で小さく繰り返すと、彼女は「Ich lernte es!(よし、覚えた!)」と彼女の母国語を呟いて微笑んだ。





**********






「なぁ、ヨハン」
「どうした?」


オシリスレッド寮の一室、俺は我が物顔で十代の部屋に置いてあったデュエル雑誌を十代のベッドの上で広げていた。この部屋の主はと言うと、カーペットの敷かれた床の上で珍しく小難しい顔をしてデッキを広げている。


「お前たちの国の言葉ってなんだっけ?」
「German」
「へ?じゃーまん?」
「ドイツ語だよ。十代、英語も駄目なんだな」


はは、と笑うと十代はうるせぇ、と小さく口を尖がらせた。


「ヨハン」
「だからぁ、どうしたんだよ今日は」
「……あー…俺がさ、それ覚えるのって、無理かな?」


遠慮気味に言った十代の言葉は最後が小さく掠れていたけど、近くにいた俺を驚かせる威力は十二分にあった。彼は並べたデッキを見るようで、何所か違うものを見ているように視線が定まっていない。俺は、まさか十代が自分から勉強したいだなんて事を言うなんて!と思わず叫びそうになったが、珍しく自信のない彼に視線を向けてははんと納得した。


「…だな」


ぴくりと、十代の肩が揺れる。


「な!俺は、別にそんなんじゃ…!」


慌てて否定するも、普段髪に隠れている耳が真っ赤では説得力の欠片もあったものじゃない。十代にバレないように俺は必死に笑いを堪えながら口を開いた。


「まぁそう怒るなって。十代がドイツ語なぁ…でも、そう簡単なものじゃないぜ?」
「お、俺だって、完璧にマスターなんて出来ないって分かってる。だけど、挨拶とか簡単な単語くらいなら……。あいつだって、慣れない日本語に囲まれて頑張ってるんだし」
「そうだな、協力するぜ。十代」


Ich glaube, das ich interessant werde!


(Ich beabsichtige, zwei Leute zu geben, helfen Sie)


(20080824/ななつき)

かなり適当なドイツ語訳↓
「お前たちの国の言葉ってなんだっけ?」
「German(ドイツ語)」
「へ?じゃーまん?」
*
Ich glaube, das ich interessant werde!(面白くなりそうだ!)
*
(Ich beabsichtige, zwei Leute zu geben, helfen Sie)(一肌脱いでやるか)




**********






最近十代とヨハンの仲がいい。いや、彼らははじめからとても仲が良かったのだけど、ここ最近、輪をかけて仲が良くなったと思う。やけに二人で行動したがるのだ。昨日もお昼に誘ったけど、ヨハンと十代は「二人で話したいことがあるから」って、購買でドローパンを買ってレッド寮の十代の部屋に籠ってしまった。仲がいいのはいいことだと思うけれど、私をのけ者にするなんて、ちょっと酷いんじゃないだろうか。
留学して来た時から幼馴染のヨハンは勿論、十代とも仲良くやってこれたと思っていたのに。もしかして嫌われた?そんな最悪な思考は思いっきり頭を振って消した。消そうとした。でも、私はヨハンみたいに日本語上手くないし、そのせいで苛々させたことだっていっぱいある。十代は優しいから私のおかしな日本語を訂正してくれるけど、最近は皆私の話を苦笑して聞き流すだけだ。面倒だと思ってるのは分かってる。私もヨハンみたいに外国語では日本語を選択しとけばよかったと溜息を吐いた。英語が通じるのはオベリスクブルーの1部の優等生か他の留学生くらいだ。


「おはよう、
「明日香…おはよう」
「どうしたの?ブルー寮で朝食だなんて珍しいじゃない、いつもはヨハンとレッド寮に行くでしょう?」
「あぁ、うん。気分的に」
「そう、じゃあいっしょに食べましょう」
「Ja!」


そう言って微笑んだものの、なかなか箸は進まない。と言っても握っているのはシリアルを食べる為のスプーンだけども。


「Bin ich nicht gemocht worden...?」


小さく言葉にすると、ずんと胸が重くなった。ミルクを吸ったシリアルがべちゃっと白い海に沈む。白い皿を睨むように眺めていたら、いつの間にか寮を出る時間になっていた。教えてくれた明日香にお礼を言って、重い足取りで校舎に向かうが何となく十代たちに会うのが気まずくて自然と足は屋上への階段を進む。


「あ…」


真っ先に飛び込んできたのは空の青と十代の赤のコントラストだった。そう言えばここは十代たちがよくサボる場所でもあったんだ!私の漏らした声にヨハンと十代はこちらを振り向き、困ったようにアイコンタクト。ああ、また仲間はずれだ。


「ごめん、私帰」
!……ッGuter Morgen!」
「うぇ?…Guter Morgen」


立ち去ろうと背を向ける私の肩を掴んだのは、いつの間にか距離を詰めた十代で、意を決した様な表情の彼の口から飛び出た完璧な発音の母国語の朝の挨拶に私は魚みたいに口をぱくぱくさせながらほとんど反射的に返した。


「Wie uber Bedingung?」
「Es gibt schlecht nicht es. aber...」


何で十代が…。独り言のように母国語で呟くと、十代は首をかしげヨハンが流暢な日本語で答えながら微笑む。


「俺が教えたんだよ」
「ヨハンが?」
「俺が頼んだんだ。俺、にどうしても伝えたい事があって…!」
「伝えたい、事?」


十代の言葉をオウムのように反復させることしか私は出来なかった。十代が言っている意味は理解できるが、取りあえず、どう言葉を返せばいいのかわからない。首を傾げる私に彼は気づかないまま、壊れ物を前に怯えるかのように慎重に、でも力強く私の両手を握りしめた。やけに真剣な十代の表情に、私は更に言葉を無くす。


……Ich liebe Sie」
「……じゅーだい?」
は日本語、苦手だろ?だから、この言葉だけは…によく伝わるの言葉で言いたかった。…Ich liebe Sie」
「じゅ、だい…」


愛してる。
十代は私のよく知っている言葉で2度もそう言ってくれた。嬉しさとか、恥ずかしさとか、とにかく色んな感情が私の中でごっちゃになって目から水となって溢れてくる。十代の戸惑うような声が聞こえてきたけど、私はこれを止めるすべを持たなかった。視界が滲む。例え化粧が涙でぐちゃぐちゃになっててもいい。視界を占める赤と茶色に向かって、流れるものを拭いもせず、彼の両手を握り返した。


…?」
「じゅーだい、十代はドイツ語が苦手。だから私、勉強頑張るした。だから十代の言葉でゆいます。すごく、嬉しい。Ich liebe Sie auch…私も十代が好き、です」
「本当か!」
「嘘は、言わない」


十代がそっと赤い上着の裾で私の目元を拭った。視界が晴れたら真っ先に飛び込んでくる、太陽みたいな笑顔。目が合って、微笑みあったらそのままぎゅっと抱きしめられた。今まで何度か交わしたような友愛のハグではなく、恋人としてのハグ。遠慮気味に背中に手を回すと更に力が込められる。ちょっと苦しかったけど、苦情の言葉は呑み込んだ。


Gluck

痛いくらい、幸せ。


(20080828/ななつき)

ヨハンはきっと空気を読まずに二人の様子をにやにやしながら眺めていると思います。ドイツ語のちゃんとした字は設定がごちゃごちゃしてくるので割愛。

適当なドイツ語訳
「Bin ich nicht gemocht worden...?(嫌われちゃったのかな…)」
*
!……ッGuter Morgen!(おはよう!)」
「うぇ?…Guter Morgen(おはよう)」
*
「Wie uber Bedingung?(調子はどうだ?)」
「Es gibt schlecht nicht es. aber...(悪くは、ないよ。でも…)」
*
は日本語、苦手だろ?だから、この言葉だけは…によく伝わるの言葉で言いたかった。…Ich liebe Sie(好きだ≒愛してる)」
「じゅーだい、十代はドイツ語が苦手。だから私、勉強頑張るした。だから十代の言葉でゆいます。すごく、嬉しい…Ich liebe Sie auch(私も好き≒愛してる)」
*Gluck(幸福)