「何故笑う」


血臭の立ち込める部屋の中、女は静かに微笑む。女の周りには同じ様に着飾った娼婦達の死体が転がっていた。


「こんなに喜ばしい事は御座いません」


ひらりと血で汚れた服の短い裾を翻し、女は立ち上がる。


「姉様方も、そして私も…生と言う地獄から解放されるのですから」


人形のような作られた笑顔を張り付ける女の瞳は、何も映していない。剣から滴る血を振り払い刃を納めると、女は不思議そうに呟いた。


「…何故、剣を納めるのです」
「死んでいる人間に、手を下す程俺は暇ではない」
「そんな…!」


初めて人間らしい表情になる女に、俺は口元を歪める。


「俺と共に来い。お前は……俺が殺してやる」





死神の腕




「あなたも…独りなのね」


凍てつく様な金色の瞳の中、淋しさを見た気がした。



(20080711/ななつき)

覇王様は独りぼっちで淋しいんだよ!…多分。





**********






「あー…味噌汁が飲みたい」


モップを片手に扉に寄り掛かると、木で出来たそれは小さく軋んだ。


「なぁに、それ?」


布巾を片手にミリィが振り返る。彼女のくすんだブロンドの髪が動きに合わせて揺れた。


「故郷の料理」
「どっちの?」
「……の」


私の赤い瞳を指差しながらミリィは意地悪そうに微笑んだ。ミリィとは、覇王城に連れて来られる前からの付き合いで、私の込み入った事情を知ってもこうして接してくれている。嫌ってもいい要素がいくつもあるのにだ。
ひとつめは、私が異世界の人間であること。荒野で倒れていた私を見つけて、介抱してくれたのはミリィだし、行く場所がないのならと村に置いてくれたのも彼女だ。おかげでミリィには頭が上がらない。
ふたつめは、もう私が人間ではないこと。村には手を出さない、と言う条件であの村から身寄りのなかったミリィや私を含めた十数人が覇王城へと奴隷として献上された。そして、連れて来られたのはコザッキーの研究室。まさか、私の世界では只のカードゲームにすぎなかったデュエルモンスターズの魔法カード融合で人間とモンスターがひとつになるなんて思わなかった。
だが、実験の殆どは失敗で大勢いた人間たちは今や私とミリィの二人だけ。そして、その実験の唯一の成功例が私だ。


、早く掃除しないと覇王様進軍から帰って来ちゃうわよ」
「帰って来るって…今日の村の規模は大きいって聞いたからまだまだ…」
「残念ながら、只今覇王軍の最後尾の兵が城門を潜りました」
「うぇ、まじ……っ、わぁ!」


早く後片付けをしなくてはと、慌てて扉に預けていた体を起こそうとするが、それよりも早く開いた扉に、私は後ろへ倒れた。


「いったたた…」


腰を押さえながら立ち上がると、ミリィが頭を下げているのが見える。まさか!青ざめた顔で振り返るとそこには漆黒の鎧を纏った覇王が立っていた。


「も、申し訳ありません」


急いで頭を下げると、覇王は道端の石ころを見るような瞳で一瞥し奥へと歩いて行く。私はほっと息を吐き、ミリィが覇王の鎧を外し始めたのを確認して掃除機材を廊下へ出した。
どうも、覇王は苦手だ。私とそう年も変わないくらいで、小柄で、恐れる要素など何一つない様にも思えるのに、あの冷たい瞳に射抜かれると何もできなくなる。


「失敗ばっかだもんな〜」


項垂れる私の横をワイトがカタカタと通り過ぎた。脳みそ詰まってない奴は呑気でいいよなと八つ当たり気味に悪態吐く私の耳に、ふと違和感が飛び込んで来る。鳥の羽音だ。
乱暴に覇王の私室の扉を開き、周囲の気配を探る。換気用に開けていた窓の外で、何かが光った。


「…!」


注意を促す言葉を叫ぶよりも先に体が動く。覇王とミリィを庇う様に腕を伸ばすと、私の肩と腕に銀色の弓が刺さった。


「う…っ」
!」


声を上げるミリィを無視して、私は「彼女」に語りかける。
(いける?)
(勿論!)
彼女の声に反応するように、私の背中から漆黒の翼と純白の翼が広がった。いまだに、この体を突き破る様な痛みには慣れない。


「シャインエンジェルで、フレンドシップを攻撃!」


銀の弓矢で私を射ったシャインエンジェルが仲間であるはずのフレンドシップを粉砕する。フレンドシップは甲高い声を上げて焼失した。しかし、窓の外には数十もの天士族の姿が見える。シャインエンジェルもこのターンが終われば[心変わり]の効果が切れて私たちを襲うだろう。


「反乱軍か」
「…覇王様!」
「覇王様、お下がりください」


漆黒の衣を纏った覇王が前へ出る。


「いいだろう、相手になってやる」


鎧を脱いだ細い背中が、何故だかすごく大きく見えた。


(20080719/ななつき)

下に続きますよ。





**********






戦いは覇王の圧勝で終わった。デュエルで敗れた天使たちが光の粒子となり天へ昇っていく。覇王はその光をつまらないものを見るような目で見送り、口を開いた。


「名乗れ」


一瞬、言葉の意味が理解出来ずに呆けた顔で固まってしまう。後ろからミリィがそっと背中を叩く感覚で漸く我に返り、跪き震える声でこの世界のモンスターたちに呼ばれる番号を口にした。


「被験体♯030と呼ばれております」
「……そうではない」


覇王が低い声で吐き捨てる。背後で同じ様に跪いていたミリィの肩がびくりと揺れた。


「…です。……」


おずおずと覇王の機嫌を伺う様に、緊張で渇いた口を開く。彼は何か思い出すように私の名前を繰り返した。


「後始末はいい、下がれ」
「はい」


ミリィと共に覇王に頭を下げ、音を立てないように扉を閉める。ほっと一息吐くと、ミリィが真っ青な顔で私の腕を掴んだ。走る痛みに顔を歪める。


!やややややややや矢!早く手当てしないと…!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!ミリィ、刺さってるから揺らさないで!!」
「ああ、ごめん!取り敢えずアリッサの所に…」
「ミリィ、取り敢えず落ち着こうか…」


負傷した本人よりも慌てるミリィを宥めた途端、糸が切れた様に私はその場に倒れこんだ。ミリィが私を呼ぶ声が遠くで聞こえる。発達した聴力で聞き取った第三者の足音を判別する間もなく、私は意識を手放した。












「あ」


デュエルアカデミア唯一の赤い制服に私は思わず声を上げた。相手も、それに気付いたのかこちらに視線を向ける。


「お久しぶりです、は……遊城先輩」
「お前、確か…」
です、。あの時はどうも」


小さく頭を下げると遊城先輩は気まずそうに頬を掻いた。お互いの間に妙な空気が流れる。無理もないだろう、あの場所では確かに彼は覇王で、私は彼の僕だったのだから。

デュエルアカデミアのある元の世界に戻って来て早ひと月、3年である遊城先輩はもうじき卒業だ。覇王でいた時よりも随分と背が伸びた遊城先輩を見上げる。


「あの時は、ありがとうございました」
「…あれは、俺じゃなくて覇王が……」
「"覇王"様も、あなたの一部ですから。あなたのおかげで私はここにいます」


頭を下げる私に、先輩は難しい顔をした。
銀の弓に塗られていた毒により、あの時私は生死の境を彷徨った。半端者など死んでもいいと見捨てられていた私の治療を命じたのは、他でもない覇王様で、彼のおかげで私は今生きていられる。
そんな命の恩人を見つめると、見知らぬ気配を感じた。大きな闇の力、以前の彼にはなかったものだ。


「先輩も……中に誰かいるんですね」
「…!」
「わかりますよ、私もですから」
「……お前」
「私も、もう人ではありませんから」


何だか、他の"人間"と距離を感じてしまうんです。

今は傷痕すら残っていない左肩を撫で、微笑む。うまく笑ったつもりでも、すこしぎこちなくなってしまった。


「なぁ、
「…はい」


初めて呼ばれた名前に少しだけ目を見開くと、遊城先輩は私から視線を逸らし言い難そうに口をもごもごと動かす。


「あー……お前がよかったら、俺と来るか?」
「え?」
「俺、お前とならうまくやれそうな気がするんだよ……似たもの同士な」


責任感からか、はたまた同情からか、彼は私に手を差し出した。私は迷うことなく、その腕を取る。この世界では、私は私らしく生きられないと覚悟していた。だが、彼の隣であれば―――。


「再び、あなたに忠誠を誓わせていただきますか?覇王様」


跪き、遊城十代の掌に唇をあてると彼はばつが悪そうに視線を逸らした。



親愛なる



 
「取り敢えず敬語禁止、覇王って呼ぶのも禁止な」
「えー!いいじゃないですか、闇の力でこの世界を支配しましょーよ!」
……お前なぁ」


(20080719/ななつき)

ヒロインが人外設定なのは4期十代の人間じゃない云々を共有させてあげたかったからなのですが、間を空けたら見事にオチを忘れました\(^o^)/
>「……中に誰かいるんですね」
「中に誰もいませんよ」と返せた人はきっと私と同じ思考回路。





**********






真っ赤な床を、同じく真っ赤に染まった布巾で拭き取る。私はキングサイズのベッドの上で優雅にデッキを広げる君主に聞こえるようにわざと大きな溜め息を吐いた。

「…覇王様、いい加減にしてくださいよ」
「何がだ」


ククッとまるで悪の総帥みたい(いや、あながち間違いでもないのか。覇王だし)に咽を鳴らし覇王様は微笑む。……訂正、ほくそ笑む。


「城の見張りを減らしたりなんかするから侵入者が増えるんですよ?危ないんですよ!」
「だったら、俺の傍にいればいい」
「危険なのは私ではなくあなたです!」


どん、と勢いに任せて血溜まりに手をつくと、それは私の服を真っ赤に染め上げた。


「あぁっ!いくら着替えてもキリがない!」


立ち上がり、血を含みすぎて役割を果たさなくなったエプロンを投げ捨てる。ぺちゃと、布らしからぬ音を立ててそれはごみ箱に着地した。
侵入者が多い時、覇王様は腰の真っ黒な剣で彼らを切り捨ててしまう。侵入者は時間や場所を選ばないから、必然的に覇王様の滞在時間が長い私室が惨劇の舞台になってしまうのだ。


「そもそも……このだだっ広い部屋を私ひとりで管理ってのが無茶なんですよ!」
「誰も信用していない奴を好んで部屋に入りはしないだろう」
「あんたは思春期か何かですか! 
 覇王ともなれば別です!マリー・アントワネットだって、大勢の人の前で着替えやお風呂を強要されたんですから!」
「………誰だ?それは」
「あのですねぇ…覇王さ―――
「ッ!」


言葉を遮って、覇王様が私の名を叫ぶ。弾かれたように振り返ると目の前に、白銀の刃を振り下ろす屈強な女戦士が見えた。
ああ、だから見張りを増やすべきだって言ったのに。死を前にしてやけに冷静な頭でそんなことを思う。口を開いたままぼんやりと来るべき痛みに備えると、強い力で腰を引かれ背後に倒れ込みそうになった。
刹那、響く金属と金属がぶつかり合う音。


「は、覇王様…!」
「…っく!」


振り下ろされた刃を漆黒の刃で受け止めた覇王様は、苦々しい表情で苦悶の声を漏らした。


「その女が大事か!」


左手で私を抱き抱える覇王様を見て、女戦士は歪んだ笑みを浮かる。一方、力強い斬激を片手で受け流しながら、覇王様も笑っていた。


「それがどうした…!」


余裕ぶった言葉。だけどその裏に、焦りが見え隠れしている。相手もそれを感じ取ったのか、よりいっそう歪んだ笑みを深くして、力任せに剣を振り下ろした。覇王様は小さく舌打ちをして、私を突き飛ばすと女の刃を両手で受け止める。覇王様と対峙しているのに、女の目は血溜まりに倒れこんだ私を捉えていた。


「死ねっ!」


覇王様と刃を交えた状態で、彼女は仕込んでいたナイフを私に向かって投げる。構える暇もなく、弧を描いて私に向かってくる筈だったそれは、他でもない覇王様によって止められていた。


「ッ覇王様…!」


掌から滴る血も拭わず、呆然としていた女の剣を払い漆黒の刃を腹に突き刺す。耳を塞ぎたくなるような断末魔の後に、彼女は誰かの名前を呼んで事切れた。


「怪我はないか」


血にまみれた私に、同じく赤く染まった掌を差し出す。そんな覇王様の姿に、堪えていたものが溢れだした。


?どうした、どこか痛むのか…!」
「私の心配よりも、自分の心配をして下さい!何故、庇ったりなんかしたんですか…!」
「言っただろう、危険ならば俺の傍に居ろと。……守ってやる」



赤い手


(20080801/ななつき)





**********





腕を組んで、右手は口元に。
1番集中できる姿勢で、狭いレッド寮の中を歩き回る。
生徒のいなくなったこの寮は、随分と静かで謀(はかりごと)には最適だ。



うろうろと歩き回るに、俺はわざとらしく溜息を吐いた。
だが当の本人は、そんなことお構いなしに白い頬を紅潮させて一人、ぶつぶつと呟いている。



「ああああああああっ!もう、どうしよう十代、緊張するよ!」
「………俺に聞くなよな」


十代に縋りつくと、彼は呆れたように溜息を吐いた。
彼は私の良き友人であり、オシリスレッド最後の生徒でもある。
ここ最近、ぐんと背が高くなって(生意気にも、私も追い越されてしまった)
かっこ良くなったとブルー女子の間でも評判だ。


「だって決めたの!決めたんだから!」



1年の頃よりも随分と伸びた黒い髪を指に絡みつけながら、ははにかんだ。
濡れた髪が安っぽい蛍光灯の光に反射する。
俺は立ち上がり、いつの間にか追い越してしまった彼女の頭を思いきりかき回した。


「ぎゃあっ!やめてよね」
「お前、まだ髪濡れてるぞ」
「だからってぐちゃぐちゃにしなくていいじゃない」


乱れた髪を手櫛で直しつつ、十代に不満の目を向けると彼は面白くなさそうな顔をする。
何でお前が怒ってんだよと、彼の頬に突き立てた指はいとも簡単にめり込んだ。


悪戯に成功した子供のように笑う彼女の手を取って、俺は言葉を紡ぐ。


「どうして、吹雪さんなんだ?」


遊んでいた手を握られ、十代の顔の横へ強く引かれた。
不意の出来事にぐらりとバランスを崩し彼の胸元へ突っ伏す。


「うわっ…と。……好きなのに、理由は必要?」


頬を染めて上目使い。
こんな顔をさせているのが他の男だなんて、腑甲斐無い自分に腹が立った。
普段とは違う彼女の表情を直視できずに視線を逸らす。
そんな俺に気づいていないのか、は誇らしげに微笑んだ。


「だって好きなんだもん。吹雪さんの全てが好き!
 声も、仕草も、性格も…勿論顔も!」


ちゃん」
吹雪さんが私を呼んでくれる。
妹の友達としてでも、大勢いの取り巻きの中でもの1人でもいい。
あの微笑みが一瞬でも長く私に向いてほしいのだ。


「それで、気まずくなったとしてもか?」
「っ!もう、何でそんな水差すようなことばっかり言うの?
今日の十代意地悪いよ、レイちゃんにチクっちゃうよ?
今の関係が壊れるかもしれない……でもさ、もう私たち卒業なんだよ?
吹雪さんの進路だって聞けてないし…最後だから、最後だからこそ伝えたいの」
……」
「決戦は、明日!だから、じゅうだ……っ」


嬉々として告げるの口を塞ぐ。
彼女は驚きに目を見開いたが、俺は抗議の声など無視して更に深く口付けた。


「なぁ…俺にしとけよ」



革命前夜
たたかいをいどまれたのは、だれ?



(20080703/ななつき)

かっこいい二十代を目指して…撃沈!